>> 春の爪先





春が来た。満開の桜は綺麗だ。散る花弁を目で追う黒羽も、格好いい。ああ、惚れた欲目なんだろうな。




オレと黒羽は花見に来ていた。黒羽というヤツはお祭り男で、イベント事には何であろうと参加したがる。5月5日は大抵可哀想なことになっているが。まあそういう訳で、混雑する中男二人で花見に来ていた。昨日から二人で用意した重箱を持参して酒持ってつまみ持って。さながらおっさんの様ではあるが、まあおおよそ男ばかりの花見なんてこんなもんだ。…と思う。


「くどー、そっちのチューハイ取って」
「…オメー酔うぞ」
「だぁいじょーぶだって!オレ酒強いし」
「加減はしろよ?」
「りょーかい、工藤先輩」


心持ち酔い加減の黒羽は上機嫌に酒を煽り、少し中身の残る缶をブルーシートの上に置くと急に立ち上がった。何を思ったのか舞う花弁を数枚掴むと、それを持ってきていた紙コップに入れて酒を注ぐ。風流でしょ。そう笑う黒羽に日本酒持って来るべきだったなあと変なことを思った。


「ね、写真とってもらおーよ」
「はあ?何で」
「折角じゃん。あ、すいません写真とってもらえません?」
「おい、黒羽!」


唐突な提案をしてみせた酔っ払いは通りすがりの女の人にカメラを渡した。女の人があっさりと了承してカメラを向けるのでそちらに笑顔を向ける。何度かシャッターを切った後、ありがとう、と黒羽は笑っていた。その笑顔に嫉妬するのは浅ましいのだろうか。こちらなどチラリとも見ずに女と話す黒羽の声は喧騒に掻き消されて聞こえないが、愉快そうに時折身振りを交じえての話は何だか楽し気だった。オレはこの男にこんな楽し気な顔をさせてやれていたのだろうか。オレの眼前をヒラリと薄桃色の桜花が舞った。オレと黒羽より、あの女の人と黒羽の方がよっぽど恋仲らしかった。


「…あれ?工藤?」
「…こっちだよ。飯食ってんの」
「あ、ちょっとその卵焼き残しといてって言ったじゃん!」
「オメーがさっさと食わねーのが悪い」


尖る唇を隠すように黒羽が食べたいと言っていた卵焼きを唇に押し付ける。アイツ酷いでしょ?なんて未だ女と話している黒羽は嫌いだ。オレは安いビールを一気に煽った。苦味が喉を突き抜けて、オレのコントロール出来ない感情みたいだった。ああ、恋人の条件って何だろう。嫉妬しないくらい大人びていることだろうか。それとも感情を素直に出せるような可愛げがあることだろうか。


「…工藤、拗ねてんの?」
「バカ言うなよ。オレが何に拗ねるってんだ」
「オレがあっちのねーちゃんと話してたこと」
「…誰と話そうがオレがどうこう言えるもんじゃねーだろ。オレだって女と話すことくらいある」
「じゃあ何で機嫌悪ぃんだよ」


黒羽が女と話すのをやめて戻ってきた。結局オレの元へと帰着するわけだから一応は愛されてんのかな、なんて考えて、すぐに頭を振った。こんなこと考えても無駄だ。あれが男と女ってもんの正しいあり方なのだから。最近、すぐにこうやってぐだぐだ悩む。いい加減割り切ればいい話なのに、どうにも割り切れない自分の女々しさに嫌気がした。


「…この時期になると感傷的になるだけだよ」
「ふーん…」
「ほら、食えよ。食いかけだけど」
「あ、いいの?卵焼き全部食っちまってたのかと思ってたけど。案外優しさあるよな工藤って」
「黙れよ酔っ払いめ」


半分食べて歯型の残る卵焼きを平らげた黒羽は、こちらに向けてニヒーと笑ってみせた。その卵焼きを食らった唇は昨日キスした唇だ。そう思ったら何だか恥ずかしくてオレは顔を逸らす。


「はは、間接キスだな」
「黙って食えよバカ!」
「…オレが愛してんのはオマエだけだぜ?」
「あーもう、知るかよ!この気障男め!」
「知ってるくせに嫉妬すんだもんなー。ホント可愛いよ工藤は」


ああもう、こいつは確信犯だったんだ。小さな卵焼きからオレの女々しい感情が漏れてしまったのかと思ってしまった。言葉にしてほしいだなんて。恋人なんて皆こんなもんなんだろうか。愛していれば大人びてなくてもそれだけでいいんだろうか。黒羽から奪った飲みかけのカクテルは何だか甘い気がした。




 


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